一生懸命と中今

 一生懸命
 誰でも使う言葉に一生懸命という言葉がありますが、一生とは産まれてから死ぬまでの間のことで、終生とか生涯ということであるので人間が一心に生きることを指しますが、元来は一所懸命ということであり、一つの所又は一つになることであります。そしてその一つの事柄に対して命がけで取り組むことであり、一心に目標の為に頑張ることであります。人は人生の目標に向かって一つ一つのハードルをを乗り越える。その一つ一つが一生懸命に繋がるのだと思います。

 中今
 江戸中期の書物「葉隠」に「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉があります。それは死ぬまで頑張れということではなく「死を想え」そして「今を生きろ」たった一度しかない人生後悔するのではなく、失敗や負けることを恐れず苦難や挫折を受け入れるという前向きな発想のことであります。

神道の教えの中に、今に集中して今に生きることで自ずと道が開けるとあります。私たちは中今(なかいま)に生きているとも云います。「中今」とは今この一瞬ということであります。広辞苑には過去と未来の真ん中の今とあります。遠い無限の過去から遠い未来に至る間としての現在とあります。

 と云うことは過去があって現在があり、現在が又未来を築くのであります。その真っ只中が今なのです。であるならば、この一瞬をしっかり捉えて自分に忠実にとらえて生きたいものです。その一瞬一瞬が後先をを考え単なる今ではなく「中今」となるのです。

 人生には迷いもあるし、ためらいもあります。しかし迷っているうちに、ためらっているうちにも時は過ぎて行くのであります。いったん決めたらそれに従ってその目的を達成させるために一所懸命その「中今」を無駄にしないことです。その努力がやがて自信につながり、目標達成につながるのだと思います。

  令和元年  10月            八 大









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