鯨岡兵助 先生

 鯨岡兵輔 先生

「戒石名」
福島県の二本松の城址にある石碑の文であります。世に「戒石名」であります。その昔この城の武士は登城や下城の際に必ずこの碑を見たことであろう。なんじが俸、なんじが禄、と同じことを二度言っている。そして民の膏、民の脂と二度繰り返している。現在の言葉で言うならば、お前の月給は、お前の給料は、民百姓の汗だよ、あぶらだよとう意味である。百姓が働いて米を作り、その米を武士は俸禄として領主から頂いたのである。

士農工商と云って、武士は一番の上の階級に属してはいたが、生産には携わっていなかった。しかし、もし領地を侵す外敵があれば、その命を賭してそれをこれを防ぐ任務が武士にはあった。その任務を尊いものとして非生産の武士が尊ばれたのである。

しかし、武士は己が非生産のものであることを忘れず片時も忘れず、自分達は百姓の労苦によって給料を得、生かされているのだと云うことを常に考えていなくてはならない事と訓えているのである。

下民は虐げ易く、上天は欺きやすし                       武士どもよ、考え違いするなよ、百姓や町人は身分として低い者であるから、いじめたり馬鹿にしたりすることは、必ずしもできない事ではないが、そんなことをしたら、天がそのその行いを許すまい。天を欺くことは出来ないと心得よと!            


 水無月       八 大          


   





 


0 件のコメント:

コメントを投稿