八大歴史塾(私の紺珠)
紺色の珠は触れると忘れていたことを思い出すと云われ、唐の張悦が持っていた物。表題として借用させて頂いております。
「白内障」の話
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江戸紫の鉢巻き 「目病み女に風邪ひき男」 と云う言葉がありますが昔から目を患っている女性はその潤んだ目つきが男心をそそり、風邪を引いている男は鼻にかかった風邪声が女心をくすぐる。いかにも江戸好みの諺で当時は目病み女なら ...
寒雀
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寒雀(かんすずめ) 寒 雀 新型コロナウイルスの騒ぎから早2年を過ぎようとしておりますが季節は大寒を迎えようとしています。我が家の山法師の樹の下には毎朝10羽ぐらいの雀たちが飛んで来て蒔いた稗や五穀米に寄って来て賑やかな朝食会を楽しんでいます。木の枝に刺したミカンにはメジロやヒ...
寅年の話
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朝護孫子寺 「ちょうごそんしじ」 今年の絵馬 新年早々であるが今年の干支 「寅・虎」 を探しに出かけた先は、春日部市にある藤塚香取神社である。八丁目町内のペンキ屋さんが創作した 「今年の絵馬」 を揚げたことを聞き初参りを兼ねて来てみると見上げる程の大きさ、近寄って見上げるとな...
蕗の薹(ふきのとう)の知らせ
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今朝早く正月を迎える最後の仕事として落ち葉の掃き取りをしていると、庭の片隅の枯葉の下に緑色のボールのようなものを見つけた。何だろうと思い落ち葉を祓ってみると何と丸々と太った 「蕗の薹」 であった。こんなに早い時期に季節を間違えたのか、それとも、一刻も早く私に知らせたいことがあっ...
認知症の話
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認知症とは厄介な生き物だ! 私の知人に軽い認知症の先輩がおられました。この頃は病気の患者さんが急激に増えているそうで時々トンチンカンなことを言い出しますが回りの皆さんは、心得ていて 「そうだよそうだよ、そうだったよね」 と否定することなく事を収めることが大切と云われていま...
木枯らし
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木枯らし 秩父での木枯らし このところ寒い日が続きましたがいつまで木枯らしが吹くんだろうかと手元の手帳で調べてみると「日本の太平洋地域において晩秋から初冬の間に吹く風速8ⅿ/s以上の北寄りの風」のことで冬型の気圧配置になったことを示す現象を云い「 凩(こがらし)」 とも表示す...
嵯峨野路その10
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嵯峨野路を歩いてから一か月が過ぎてしまいました。この際だからとして意気込んでみたものの心中の火種に心残りはありますが雑事に追い回されていっこうに進みません。元来の遅筆が災いして季節に追いつけなくなってしまい申し訳なく思っています。 嵯峨野路編はこの辺で一区切りにし...
嵯峨野路その9 (知恩院と増上寺)
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正面の石段を登ろうとすると目の前に覆い被さるように山門が迫り、これぞ圧巻です。 知恩院三門 知恩院 法然上人が開山した 浄土宗総本山 の寺院で正式な名称は「華頂山知恩教院大谷寺」と云います。法然上人が後半生を過ごし没した地に建てられた寺で現在あるような大規模な伽藍が建てられた...
嵯峨野路その8
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南禅寺と琵琶湖疎水 南禅寺三門 南禅寺の正式名称は 太平興国南禅寺 と号し臨済宗南禅寺派の大本山のお寺で、開山は大明国師で 開基は亀山法皇 である。京都五山および鎌倉五山の上に置かれる別格扱いの寺院で日本の禅寺の中で最も高い格式を持つ。南禅寺建立以前にこの地に亀山天皇が離宮と...
嵯峨野路その7
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禅林寺(永観堂) 禅林寺 は当初真言宗の道場として貞観5年(863年)清和天皇により禅林寺の寺号を賜り浄土宗西山禅林寺派の総本山の寺である。その後中興の祖とされる7世住持の永観(ようかん)律師の時に阿弥陀仏の熱心な信者になり念仏の寺として浄土宗のお寺に変わった。阿弥陀仏像を...
嵯峨野路その6
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『 今日も金閣寺は輝いていますネ・・・』と云っていた初老のご夫婦がおられた。 金閣寺 金閣寺 の正式名称は北山鹿苑禅寺(きたやまろくおんぜんじ)と云い臨済宗相国寺派の塔頭寺院(たっちゅうじいん)です。建物の内外に金箔が貼られた舎利殿から金閣寺として知られています。寺の名前は室町幕...
嵯峨野路その5
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「きぬかけの道」 仁和寺を出て龍安寺に向かって歩いて行くと「きぬかけの道」の標識が出てきた、衣笠山の裾野ではあるけれど きれいな名前だ思った。裾野を見上げると色づいたモミジが彩りを添えて散歩をするには楽しいところで...
嵯峨野路その4
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仁和寺の歴史 五重の塔 仁和寺は創建から1100年を超える、京都を代表する名跡で 真言宗御室派の総本山 です。国宝の金堂や阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像の他多くの文化財を有し境内の一部も国の史跡に指定されています。また中門一帯に植えられた 「御室桜」 は背が低い事で知られて...
嵯峨野路その3
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百人一首の話(藤原定家と蓮生) 祇王寺から清凉寺釈迦堂に向かう道を歩くと、道端の看板に目が留まった。「中院山荘跡」とありよく見ると「新古今和歌集」などの選者の一人であり 「小倉百人一首」 を編纂した 藤原定家 がここの小倉山の麓で作歌活動をしていたところであり、思わず目を閉じて...
嵯峨野路 その2
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北野天満宮 北野天満宮 通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。福岡県太宰府市の太宰府天満宮とともに天...
嵯峨野路散策
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渡月橋 久しぶりに時間を遣り繰りして紅葉の嵯峨野路に出掛けることにしました。先ずはこの時期、最も人気のある橋と云ったら 「渡月橋」 ですね。ここから足の向くまま気の向くまま昔の思い出を浮かべながら、行き当たりばったりの旅のスタートです。...
牛島公園のコスモス
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春日部市の 古利根川沿いに 「牛島第二公園」 があります。今コスモスの花が見ごろを迎えています。近くの幼稚園の園児や介護施設の皆さん達がたくさん訪れて最近にはなかった賑わいを見せています。公園内には一段と高い「見晴らし台」も設置されており高台からの眺めも一見の趣があります。 又こ...
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