今、米騒動?

 このところ俄かに、わいわいガヤガヤと聞こえてくるのは「お米の話」です。現在の農林水産相は27日の閣議後記者会見で備蓄米の放出について要望があったが、民間流通が基本のコメの需給や価格に影響を与える恐れがあるため、慎重に考えるべきだ」・・・と語った。それって何ですか?。

農水省が放出するのは、小売店や卸売業者など民間が抱えるコメの在庫が著しく減り、需要に追いつかない恐れが高まった時。緊急に調査したうえで専門の部会を開いて検討する。最終決定者は農相だ。民間には在庫はありますと農水省の大臣が云う。現状について、農水省の立場は「民間に在庫はあり、備蓄米の放出が必要な状況ではない」というのが基本線だと言う。現在は民間には在庫は一杯ありますと農林水産大臣・・。それってどういうこと! 

日本人の主食であるお米、もともとは中国の野生種で調べによると、日本に稲作が伝わったのは6千年前だという説があります。稲は田植えから約100日で穂が出てすぐに花が咲きます。諺で「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がありますが、これは人格者ほど謙虚になると云う意味ですよね。

稲刈り
又、雷のことを稲妻と云いますが、これは稲穂が実る時季に雷が多く昔は雷が稲を実らせていると考えられていたことが由来となっています。近年では一人当たりのコメの消費量が減少していますが、コメ不足に対応するはずの備蓄米だが何で農水省は放出に否定的なの?

新米が本格的に出回る9月末頃には品薄は解消すると云う、スーパーなど小売店の関係者も一致した見方と云います。現状の品薄感から新米への期待は大きく価格は上昇するばかりに感じられます。現在の値上がりラッシュの家計にとっては重しになるが、備蓄米の放出になれば米価を抑えることが出来ますよね。現在、農            水省は価格対策としての備蓄米の吐き出しには全く否定的な様子            です。 備蓄米を何故放出しない?  庶民は怒ってますよ!!

農林水産大臣殿  スーパーのコメ棚は空っぽですよ!

 葉 月            八 大










秋刀魚の思い出

「秋刀魚の歌」 あはれ秋風よ、情(こころ)あらば伝えてよー                                  男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 思いにふける と。 佐藤 春夫


 いよいよ私達庶民が待望のサンマの季節がやってきました。今朝も新聞できれいな水の流れる河原で家族連れの仲間が、さんまパーティを楽しんでいる様子がに記事が載っていましたね。秋といえば絶対に欠かすことのできない魚がサンマですよね。

自分が子供の頃、父親に草履を履かされ川の向こうで今風で云うと「さんまパーティー」でわいわいガヤガヤとその数ザッと20人余り。河原で木箱に入ったサンマと沢庵漬とおにぎりの大パーティ・・・。煙の中で一人3匹の割り当てがほゞ完食となって大声で歌わされた思い出はをいまだ脳裏に残る。
秋刀魚の塩焼き
サンマの名前の由来は何処から。サンマは横から見ると刀のように細長く、正面から見ると縦に狭い体をしています。この体の特徴からサンマは古くより「狭真魚(さまな)」と呼ばれていたことがあるようです。この狭真魚という言葉が「さまな→さんま」…へと諸説あるようですが転訛し、今に至るとい云われています。

狭いという漢字が使われているサンマですが、旬の時期は背中に丸みを帯び、肉厚でとてもおいしそうですよね。しかし、時期の外れたサンマはとてもスリムで、まさしく狭いという漢字がしっくりくるような、そんな姿をしています。

 葉 月              八 大






       

 

極楽の余り風

金山城址からの眺め
群馬県太田市の金山公園を散策をしていた時に眼下に見下ろす市内を見ながら一息つく、爽やかな一条の通り風がさわさわさわっと優しく頬を撫でていく。これですよ風の流れを感じましたね・・仲間の一人が「極楽の余り風」が通り過ぎたよっと呟く。「ああ~~ええ風やねえ」と誰もが口にします。

酷暑に吹く心地よい涼風、なんと表現すればよいのか言葉が見つからない。 夏の暑いこの時期に金山城に向かって通り抜ける甘風に云い様のない爽やかさを身に受ける有難さは仏の心を感じる。山道など歩いて汗だくになった身に、ときおり清々しい涼風が木陰を抜けて吹いてくる。 ああ、天の恵みでは・・とその風に感激!!

金山城址公園
私がこんな表現を聞いたのは『夏の医者』という落語を聞いたのが初めてだった。父親を助けるため息子が老医者を伴って帰る途中、山頂で一服している時に涼風が吹いてきた。「ああ、極楽の余り風じゃ」と喜ぶ。落語ではそう言った途端にうわばみに飲み込まれてしまうが医者は冷静に構え蛇の胃の中で下剤を撒くと云う・・・。こんな奇想天外な話があり笑い転げてしまう。

語も名作だが「極楽の余り風」はこちら関東方面の話づくりとは違っているようで江戸と上方の違いを感じさせますね。もちろん落語より先にそうした言い回しがあったのでしょうが、今でもその違いが残っていることに感謝ですね。


 葉 月              八 大












 

「親切」と云う言葉

親切と云う言葉はどうして親を切ると書くのかなと常々思っていました・・・?                         実は『親切』の、親(しん)は、親しい身近に接するという意味があるそうです。 『親切』の切(せつ)は心から、ひたすら強くとう意味があるそうです。 切に願うといったように使いますよネ。 そんなところから親切という漢字には、“より親しい”という思いが込められているそうです。

親切な行いをすると脳内でオキシトシンやセロトニン、ドーパミンといった強力な化学物質が放出され、気分の高揚の増加、ストレスの軽減につながります。 思いやりの心を持つことで心拍数が下がり、冠状動脈障害も軽減されるそうです。 オキシトシンは社会的結合にも関与しており、放出されることで人との結びつきも強くなるそうです。
 親切ってどういうこと? 「親切」とは、困ったり求めを待っている人に対して、ささやかな手助けをすることであります。 困っていない人にする場合は親切ではなく、余計なお世話やお節介になり 負担の大きいものは親切を超えてしまう。 親切にする人は、その辺りを心得て置かなければならない。
また、情けは人の為ならずという言葉もありますが人に情けをかけておくと、巡り巡って結局は自分の為になるということで、親切にすればその相手の為になるだけでなく、やがては良い報いとなって自分に戻ってくるということですよね。
誤って親切にするのはその人の為にならないの意味に用いることがあるからご注意も。
ありがとう

 葉 月              八 大







親切と言う名のおせっかい

そっとしておくおもいやり


- 相田みつを -


それは、「受けた恩は忘れない」ということ。どんなことでも誰かにしてもらったことはしっかりと覚えておきましょう。
自分がした「親切」は忘れて人から受けた恩は覚えておく…
これこそが親切の鏡です。