懸魚の話

懸魚の話
埼玉県の熊谷市、野原に知恵の文殊寺さまで知られるお寺があります。三人寄れば文殊の知恵」のことわざ通り、知恵を司る仏さまです。遥か昔から学業成就の願いを求め、県内のみならず他県からも多くの人々がお参りに訪れると云います。文殊寺の大縁日は梅の花の咲き誇る2月25日でした。

 この山門は、三間一戸の八脚門で、屋根は切妻造りで、現在は瓦葺きですが、その昔は茅葺きだったと云います。屋根の破風板に下がる大きな飾りが特徴となっていますが、これは「懸魚(げぎょ)」と呼ばれており、神社やお寺の屋根の破風板部分に取り付けられた妻飾りのことです。屋根の構造が切妻造りか入母屋造りであれば多く見れれます。

この「懸魚」の語源は、文字通り「魚を懸ける」ことであり、水と関わりの深い魚を屋根に懸けることによって、「水をかける」という意味に通じると云う。つまり、水の代わりに魚を屋根に懸けて、火に弱い木造の建物を火災から守るために、火伏せの呪いとして取り付けられたものと云われます。

これは、中国雲南省の少数民族の白沙村などに魚の形をした板を屋根に懸ける風習が今でも残っており、漢字で「懸魚」と表記されることから、これが伏せの呪い」として魚が使われたとする根拠となっているそうです。仏教伝来とともに寺院様式として伝えられたとも云われています。

本来は、寺社や城の建築のみに用いられている懸魚ですが、江戸時代に入ると、武家屋敷や庄屋クラスの民家にも特別に付けられることが許されたそうです。
なぜこれらの建物が、寺社建築を模しているのかといえば、それは、訪れる人が「極楽への入り口」をイメージするためとの説があり、それは納得ですね。
 
普段は何気なく正面からしか見ていない神社や銭湯も、ちょっと視点を変えると、今まで気づかなかった新たな一面が窺えることを、今回は発見しました。

 弥 生        八 大





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