林芙美子記念館

その昔山陽本線の「尾道(おのみち)}を訪ねたことがありました。駅に近ずくと、そこから目の下に海と小高い山の下に赴きある港町が現れた。東京での生活に窮した林芙美子は久し振りに尾道の懐かしい風景と再会し貧しかったそのころを思い出し万感の思いを募らせたと云う。

自伝的小説「放浪記」に登場する「赤い塔」がありました。それは千光寺の中腹にあ る千光寺本堂のことであり細い階段を上ると眼下には尾道水道沿いの街並みや街道の島々が四国の山々が見渡せます。

「少女時代の彼女は当寺によく遊びに来られていたようで、ここから見る海や山の景観は今でも変わりません」と近くの人は云っていたと。「芙美子通り」と呼ばれる商店街の一角には、彼女が両親と過ごした離れがあり「おのみち林芙美子記念館」の一部として公開されていたという。

尾道水道
間借りしていた二階の部屋は5畳で身を寄せ合って暮らしていたのでしょう。子供のころから暮らしていたと云う尾道は、放浪の人生を送った彼女が初めて定住した場所だったと云うここは、作家の道を築いた特別な土地だったと云う。

後に短編小説「風琴と魚の街」として振り返る程と愛着を持ち返り、生涯「旅の故郷」と呼び親しんでいたと云います。


 神無月             八 大