シリア難民少女の三行詩  


バナ・アラベトちゃん
爆弾が今、雨のように降っています。
 みんなハエのように死んでいきます。
 ちゃんと息ができない。
               バナ

  私たちは今家を失い、軽いけがをしました。
昨日から寝ていません、お腹がすきました。
生きたい、死にたくない 。
     バナ
アレッポの惨状

 
みなさん、アレッポを助けてください。
空爆を受けなければ、
私はきょうも生き延びることができます。
                
               バナ


 先ごろ米誌タイムは「ネット上で最も影響力のある25人」を発表しましたが、シリア内戦の激戦地だったアレッポの惨状を発信し続けた8歳の少女バナちゃんが選ばれた。選考理由は「ジャーナリストが近づけなかった場所から、内戦の恐ろしさを伝えた」としている。
 その惨状を母親とともにツイッターで発信し続けた。一時は命が危ぶまれたバナ・アラベドちゃんだが去年12月にトルコに逃れ、いまも投稿を続けているという。
 その投稿先はシリアのアサド大統領、ロシアのプーチン大統領やアメリカのトランプ大統領にまで及んでいるのに・・・!!

 シリアの混乱した内戦は、このところIS・イスラム国の崩壊が現実味を帯びてきているものの政府軍と反政府軍の戦いは近隣諸国を巻き込んで続いており終結には至ってはいない。
どうして一刻も早く平和を取り戻すことが出来ないのか、それは陰に大国の思惑が見え隠れしており終息への道は程遠いようだ。
 この三行詩に胸を打たれる人は多いと思われる、是非ともこの報道を機にバナ・アラベトちゃんの嘆きに答えて頂きたいものである。

                                        
                      平成29年8月  八大






















ある子ネコの死

生まれてわずか4ヶ月、子ネコはスプーンの水をゴクンと飲み込んであの世に旅立った。
 ほろ酔い加減で夜道を歩いていると布のようなものを踏みそうになり立ち止まると子ネコがうずくまっていた。手を添えると温かく息遣いが聴こえるがぐったりとして動きがない。このままでは車に轢かれてしまう、どうしようと思いながらも・・その時すでに両手で抱きかかえていた。取りあえず我が家の軒下に寝床を用意し小皿に水とミルクを用意し飲ませると静かに波紋が見えたので少し安心。
翌朝心配しながら覗くと目ヤニを付けて眠っているがぐったりした様子は続いている。濡れタオルで毛並みをそろえてやる、よく見るとそれは彼岸過ぎの頃我が家の周りにうろうろしていた野良猫が3匹の小さな子を引き連れて歩いていた中の一匹であった。
 子ネコのしぐさは可愛らしく、つい餌をあげたくなる衝動にかられたがその行為は近所迷惑になるからと、思いとどまった。この時期の親子連れは私の心を内側から癒してくれた。
二日間ほとんどそのままで眠っているようだったのが、朝方突然の大雨が降ったので様子を見に行くと雨を逃れようとしたのか姿はなかった。その後夕方まで探すも見つからず、やっと見つけた子ネコは生垣の中でぐったりとしていた。まだ温もりがあったので、連れ戻して雨で濡れた毛並みを揃えてスプーンで水を与えると「ゴクン・・」と一口飲みこんだ。そして2~3分で息絶えた。これがこの子ネコの生涯だったのか・・・合掌!

 エジプトの神様の中にはバステトというネコの女神がおります。エジプト先王朝時代の遺跡の墓より猫の骨が発見されていることから、紀元前4000年には家畜化されていたと考えられています。ファラオの守護者、家の守護者として鼠をとる役割を持ち、人間を病気や悪霊から守る女神であると云われ、また多産のシンボルとみなされ豊穣や性愛を司り音楽や踊りを好むとも云われているようです。

今、野良猫が社会問題になっていますが野良ネコ駆除グループに対して、動物虐待は許せないグループどちらにも言い分があるようですが・・・解決策は見つからない。
家族の一員としてペットを飼うことには何の問題もありませんが、飼えなくなって手放してしまう簡単な行為が原因であることを忘れないようにしたいですね。
                                    平成29年7月  八大





タイの仏教美術展で
  〔上座部仏教と大乗仏教との違い〕

今、上野の国立博物館で「タイの仏教美術と王権」についての国際シンポジウムと展覧会があるので訪ねてみた。
「微笑みの国タイ」の国宝クラスのきらびやかな展示物は現地での感動があったがワット・スワット仏堂の大扉と釈迦像がここに展示されるとは思いもよらなかったのでビックリでした。タイ王室儀礼に見られる日本刀の展示と解説には、我が国との600年にわたる交流の歴史があった事を改めて思い起こされました。
 同じ仏教国であるタイですが、釈迦の教えを厳格に守っている上座部仏教に対して大乗仏教の私達との違いを改めて知ることが出来ました。
 釈迦生前の仏教においては出家者に対しての戒律は定められていたが、釈迦入滅後仏教が伝播すると当初の戒律を守ることが難しい地域も出てきた。例えば食生活の違いで托鉢での食事時間の問題や食べ物に代わる金銭や日常品等を受けた場合、その扱いはサンガ(教団)によって解釈に違いが出てきたがそれぞれ源典を支持するもの、修正するものに分かれてきた。時代の流れもあるがあくまでも厳正に遵守する上座部グループと修正を支持するグループによって大衆部(大乗)に分かれていったと云われている。

 上座部仏教は、自己の厳しい修行を積んだ僧侶だけが悟りを開き救われ一般の人たちは救われません。上座とは教団内で尊敬される比丘のことで長老とも漢訳される。以前には小乗仏教とも云われていましたが乗り物に例えると小さな乗り物となり、大乗仏教側から付けられた差別用語になると云われて現在では上座部と改められています。

 大乗仏教側は小乗仏教では修業をした人だけしか救われず一般の人々は救われないことになってしまう。しかし釈迦はすべての人々を救いたかったはずであるという思想のもとに修正誕生したのが大乗仏教です。大きな乗り物ですべての人々を救うことを目的にしてます。日本に伝えられた仏教は大乗仏教を基本にしています。

         
          
  
タイ王国の日本刀



               平成29年7月  八大  








天領の地 日田

 今月4日から降り続いた九州北部豪雨災害は福岡、大分で大変な被害をもたらしました。
咸宜園
 昨年日田市を訪れる機会がありました。山々に囲まれた盆地の中央を筑後川の支流になる三隈川が流れ、江戸後期の儒学者広瀬淡窓の私塾・咸宜園に多くの若者が集まり街が栄えた結果文化的な雰囲気が色濃く残っております。街筋の地名と云い言葉を交わした人々との会話の中にも小京都を感じさせる雰囲気がありました。
 この関東の地からは大分県の日田市を良く知る人は少ないと思いますが、江戸時代には幕府の直接管理する天領として九州では交通の要衝でもあり西国郡代が設置され多いに栄えた所でありました。
 街の名産の日田杉は筏を組んで河流しを輸送手段としていたそうで街の経済を富ませ豊かな文化と富は人口を吸い寄せ日田が「小京都」とも「水郷」とも呼ばれたそうです。
 ここでは儒教の影響もあり言葉を漢語読みする遺風は至るところにあるそうで、水郷をすいきょう、舟遊びをゆうせん、日田をひた、などと京言葉に近い感じを受けます。
 けれどもこの数日の災には集中豪雨、濁流、大災害が連呼されております、この街に濁音は全く似合わない。
古くから云われていた坂東太郎・筑紫次郎・吉野三郎と日本三大暴れ川として番付にあった事を忘れてはいけなかった。
 「咸宜園」           
日本最大規模の私塾で「ことごとくよろしく」とはすべてのことがよろしいとの意。淡窓は門下生一人一人の意思や個性を尊重する教育理念を塾名とした。
江戸後期から明治30年までの80年間に全国から入門者が約4800名に及んだと云われています。
 現在は水戸の「後楽園」と足利の「足利学校」と協力して日本の教育遺産として世界遺産に登録準備中との事です。
追 新しい話として岡山県備前市の閑谷学校が加わりました。


咸宜園概要


                                         

                                             


         


              平成29年7月  八大












二本松城址・戒石銘碑

 福島県二本松市にある二本松城址は日本100名城の一つで別名霞が城とも呼ばれ国の史跡に指定されている。

 城の入り口には二本松藩五代藩主丹羽高寛が家臣の儒学者の献策により享保の飢饉の後、財政に苦しんだころ藩政改革と綱紀粛正の指針として刻ませた「戒石銘碑」があります。
 その碑文は「爾棒爾禄 民膏民脂 下民易虐 上天難欺」(なんじがぼうなんじがろく たみのあぶらたみのあぶら
げみんしいたげられやすし じょうてんあなどりがたし)とある、この城の武士たちは登城や下城に際し必ずやこの碑を見たことであろう。
 その内容は、お前達の月給は給料は民百姓の汗だよ脂だよ、百姓が働いて米を作りそのコメを武士は棒禄として領主から戴いているのである。武士は己が非生産の者であることを片時も忘れず、自分達は百姓の労苦によって給料を得、生かされているのだということを常に考えなくてはならないと訓えているのである。
 下民は虐げ易くも、上天は欺き易し。武士共よ考え違いをするな、百姓や町人は身分として低い者であるから、虐めたりバカにしたりしてはならない。そんなことをしたら天がその行いを許すまい。天を欺くことは出来ないことを心得よ。
 儒教の精神そのもの、なんと厳しい訓えであろうか。
この四行の武士に対する訓えを戦前の政治家の多くは扁額にして座右の銘としていたとのこと。
 選挙の時だけ言葉巧みに演説し国民を一時的にごまかすことが仮に出来ても天を欺くことは出来ないぞと云っている。
私はこの話を30年ぐらい前に足立区から出た孤高の庶民派代議士、鯨岡兵助先生から訓えを聞いたことがあった。
今日は東京都議会議員の選挙だ!
          平成29年7月2日   八大







半夏生とたこ焼き
(はんげしょう)
半夏生
 日本の農事暦では一年を24等分し、その節目節目に名前が付けられていて「二十四節気」と呼ばれています。有名なところは春分・夏至・秋分・冬至があります。                                       
 それを更に三分割して、より季節の移り変わりを表現する言葉として「雑節」があります。節分や八十八夜なども該当しますが半夏生は雑節の一つで梅雨の終わり頃を指す言葉です。
 農家にとって半夏生は畑仕事や田植えを終わらせる目安となり、その後数日間は体を休める習わしがありました。
カラスビシャク
この時期に烏柄杓(カラスビシャク)別名半夏という漢方薬の原料にもなっている植物が生える時なので「半夏生」と呼ばれているそうです。
又それとは別に湿地に咲く「片白草」別名「半夏生」「半化粧」と云われる葉っぱの一部が白く咲く時期だからとの説もあります。
半夏生
暦的には夏至から数えて11日目と云いますので今年は7月2日~7日間位が半夏生の時季になります。
 面白い風習がありましてこの時期に北陸地方や西日本方面では鯖や蛸や鱧や餅やうどんなどを食べる習慣があるそうです。
 なんでタコが・・と聞いたところその吸盤のように稲が沢山実ることを願ったそうです。先ごろテレビの料理番組で疲労回復の効果があるのはタコに多く含まれる「タウリン」が有効だと聞きましたので・・それでガッテンしました。昔の人はそのことを知っていたんですかね・・・?
 せめて私はいつもの般若湯と「タコ焼きパーティー」でもして滋養の吸収に勤めたいと思います。
            平成29年7月2日  八大












近江神宮の復権

 近江神宮は第38代天智天皇をお祀りしておりまして、祭礼に際して天皇により勅使が遣わされる全国16社の勅祭社の一社であります。
 ここは昭和15年11月7日の鎮座であり神社としての歴史は新しいですが、この地域の発展は大津宮に都を置いたことによって今に繋げてきました。
 古くから湖国では天智天皇に対する宗敬が厚く1350年の歴史に立脚するとして創建運動が高まり昭和天皇の御代に創建されたものです。 
 我が国の法律の源をなす「近江令」がここ大津宮で制定されたが、その中でも庚午年籍(戸籍の制定)と班田収授(土地制度の改革)については今の世にも寄与されている。
 特筆は2つ、社会生活の基本である時報を始めたことで知られる水時計は良く知られており、6月10日の時の記念日には漏刻祭として毎年斎行されている。
 もう一つは、天智天皇御製
「秋の田の刈穂の庵の苫をあらみ我が衣手は露にぬれつつ」は小倉百人一首の巻頭歌として国民に親しまれ、歌かるたの祖神として仰がれており正月のかるた名人位、クイーン位決定戦が行われていることは良く知られています。
 ここ大津宮は壬申の乱の悲劇に逢って5年半で崩壊しその後は歴史の中に埋もれて幻の大津宮となってしまったが今、眼下に琵琶湖を眺め思いを巡らせるとき、歴史とは勝者による物語と云われるがこんな事実があることも多くの人に知って頂きたいと思いました。
                                          平成29年6月  八大








   
   20世紀の「男気」十か条

    <1,983年の夏> 35年程前のメモの中から出てきた「男気十か条」
   当時は意気盛んな四十台半ば、手帳の中に挟んだ紙切れが・・出て来た。
    自信をもって云えることが幾つあるだろうか?  

    1  個として自立し公のために尽くす
    2  人を感動させる独創的な仕事をする
    3  無駄なことを面白がる事ができる
    4  すべての人にいい顔はしない
    5  云うべき事は云い怒るべきときは怒る
    6  批判を受け止める懐の深さを持つ
    7  失敗を恐れず行動が出来る
    8  人をレッテル貼りせず差別をしない
    9  自分の弱さをさらけ出すことが出来る
   10  人情を重んじる心を持つ

   年齢の違いだけでは済ませられないことでもあるが、世を思うあの頃の
   思いを今に絞り出すことが出来ないだろうか、、、。




無財の七施(Take&Give)

 私達の日常生活では、物がなくても周りの人に喜びを与えていく、少しでも喜んでもらえる方法がある、それが無財の七施です。世間一般の損得勘定では、与えた人よりも与えられた人の方が得をするようなイメージですが、布施とは、ほどこしをした人の方が幸せな気分になり、与えられた人よりも与えた人が幸せになるのです。
 子供の頃、虚無僧姿で托鉢に来たお坊さんにお金をあげたけれど無言でした。親類のお坊さんに話したところ喜捨をさせてあげてやるのだから、御礼はお前が云うもんだよ・・と云われたことを今でも覚えています。
周りの人に喜びを与えて自分が幸せな気分になる方法とは
その1 眼施(げんせ)優しい眼差しで接する
その2 和顔悦色施(わげんえつじきせ)優しい笑顔
その3 言辞施(ごんじせ)優しい言葉で接する
その4 身施(しんせ)自分の身体で出来ることを奉仕
その5 心施(しんせ)心から感謝の言葉を述べる
その6 床座施(しょうざせ)場所や席を譲る
その7 房舎施(ぼうじゃせ)自分の家を提供する
 四国にはお遍路さんをもてなす「お接待」という習慣が残っています。その心掛けがあればみんなが幸せになれるのに・・云うはやさし行うは難しですよね。
               平成29年6月  八大





沖ノ島(宗像大社)

 
玄界灘に浮かぶ沖ノ島は「神の島」と呼ばれ島全体が宗像大社沖津宮の御神体で今でも女人禁制の伝統を守っている。古来より島に立ち入り見聞きした事を口外してはならず「お不言さま」と呼ばれ、男性であっても現地に着いたあとは御前
浜でまず全裸で海に入って神事の一環として禊を行なわなければならない。
これを男女差別だと言われることもあるが、これは島の神
が田心姫神(女の神)であり、女性が島に上陸すると嫉妬
され祟りがあると言われている。

 一般人の上陸が許可されるのは毎年5月27日に日本海海戦を記念して開かれる現地大祭の時に限られている。
 沖の島には鏡や玉類、武器、馬具、装身具など8万点が国宝の指定となっており「海の正倉院」と呼ばれている。
今年の7月には祭祀遺跡として世界遺産に指定されることがほぼ確定しているらしい。
 5年ほど前に百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」が本屋大賞に選ばれてベストセラーとなって、久し振りに日本人としてワクワク感を味わうことが出来ました。出光興産創業者の出光佐三をモデルにした国岡鐵造の大活躍を改めて思い起こしましたが、そのいちずな信仰心の対象が宗像大社でありました。
 私は昨年に宗像大社を訪ねた際に沖ノ島・大祭の話を聞きましたので、今年の始めから事前の申し込みをして待ったが誠に残念なことですが抽選に外れてしまい渡島することが出来ませんでした。本を読んで悔しさを堪えています。
              平成29年6月  八大





虎塚古墳


 栃木県から茨城県にかけて流れる那珂川の河口近くには縄文時代から続いている古代人の住居跡や古墳などの遺跡が多くみられる処である。その中に虎塚古墳と云う東日本では最初に発見された装飾古墳があります。埋蔵文化財資料館には原寸大の石櫃が展示されているが原色の赤色に圧倒されます。壁の上段に連続三角文、その下に円文や太刀、鉾などの武器や武具などがベンガラ(酸化鉄の赤の顔料)で描かれている。石櫃の西壁や東壁にも9個の赤い円(鏡と思われる)や武具を思わせる道具などが描かれている。その当時も葬送を司る画家がいたのかもしれないことを感じる。

 装飾古墳は九州に多く発見されているが、そのころ関東へ人の移動があったことが覗える。
 年代的には6世紀末から7世紀初頭とみられていますが、その幾何学的な模様は今の現代アートを見ているような感覚を感じる。
虎塚? 鎌倉時代、この地に虎御前という人の屋敷があった・・と土地の古老の話を聞きましたが空を見る
古墳内は春と秋に一般公開されるとの事でした。
                平成29年5月  八大










リラの花咲くころ

 この季節寒かった雪の世界から札幌はライラック祭りが賑やかに行われていて、季節的には一番過ごしやすいころとも云われています。すみれ色の花は清楚な香りを醸し出して道行く人に解放感を感じさせている。
 我が家にも猫の額ほどの庭の片隅に、昨年まで香りを届けてくれた「リラの木」は諸事情があって今年はありません。無くなると寂しいもんですね。
 原産地は遠くバルカン半島やクリミヤ半島とも云われていますがフランス語での読みで「リラ」と呼ばれるそうです。花言葉には「思い出」「友情」「大切な友達」とあり私たちの年代にマッチした言葉で大切にしたいと思います。
 ところで半世紀以上前に私も生意気に口ずさんだ歌に津村謙の歌で「上海帰りのリル」がありましたが。どうしたことかこの「リル」が「リラ」と勘違いしておりました。
 私はその歌の意味を解らずに、リルと云う人がリラの花に重なって歌われていたと思っていましたが、実はそう簡単なものではなかったことが暫くたってから知りました。
 リルという女性は日中戦争前に日本から余儀なくして大陸に渡り、数奇な運命に弄ばれ上海租界内で身を落とした高級娼婦であるそうです。男性は外見は外交官だが密命を受けて陰謀や情報活動、宣伝工作などに暗躍するスパイのようなものでした。最初は欧米関係の情報収集のため、共同租界の白人相手の高級娼館で女性に出逢ったが、女性も久し振りの日本の男に入れ込んでしまった。男性も密命を離れて足繁く通うようになり又女性もますます熱くなって商売を離れて相思相愛となってしまったという<花魁の恋>。同棲生活同様の夢のような関係を続けるうちに男性に本国から帰国命令があり、四馬路の霧の中で別れを告げ先に帰国をし女性はただ立ち尽くすだけだった。以後女性の消息は絶たれたがその後上海から帰って来たという人の噂が耳に入った・・と云うのがこの歌の始まる前の物語だそうです。
「カサブランカ」のハンフリー・ボガードやイングリット・バーグマンの映画を思い起こしますね。 
そしてリルは帰ってきたけれど戦後の荒廃と大陸へ渡った経緯から国内には身寄りもなく、バーやキャバレーや高級クラブのホステスへと水商売の道へ。
<風の噂>にハマのキャバレーに居たというが・・<誰かリルを知らないか>と探し回っているという歌である。女の気持ち<海を見つめていた>リルも遠い海のかなた、上海を追憶し懐かしんでいる姿を映している。<甘い切ない思い出だけを胸に手繰って探して歩く>は男の気持ちです。
<黒いドレスを見た>黒いドレスは喪服に通じる女の気持ちであり<ひとりぼっちできた>何もかも振り捨ててひたすら日本に帰ってきた、彼に会いたい一心でと云う感情が表れていますね。リルも自分を探しており、そのひたむきな感情が何とも言えない。<望み捨てるなリル>と<暗い運命は二人で分けて>も、このひたむきな姿を思うとき私も納得です。
ここで「映画っていいですよね!」が入る。

現在の上海バンドと呼ばれる処の景色は戦前の建物に加えて新たに現代感覚を備えたビルが立ち並びますが全く違和感を感じさせなく堂々としていて国の威信を背負っているようにも思えますが? 中国と云う国の野望が裏で渦巻いていることを思うとき歴史とはこういうものかと何か重いものを感じてしまいます。
               平成29年5月  八大








塩船観音寺のつづじ

 奥多摩の山並みを背にして霞丘陵自然公園の淵に、真言宗醍醐寺派のお寺で地名の塩船を付けて「塩船観音寺」とよばれるお寺があります。塩船とは周囲の地形が小丘に囲まれ船の形に似ており仏が衆生を救おうとする大きな願いの船である「弘誓の船」になぞらえて名付けられたと云われる。
奈良時代の始めに若狭国の八百比丘尼(おびくに)が観音像を安置したと
云われ、平安時代には十二の坊舎を建て興隆を極めたと伝えられている。ご本尊は十一面千手観音菩薩像で鎌倉時代の作で現在は秘仏で年に一度ご開帳があるそうです。
 この時期花の寺と云うより「つづじの寺」として有名で船形の地形に開いた花は見事で、写真を見れば説明はいりません。


弘誓の船とは
衆生救済の誓いによって仏・菩薩 (ぼさつ) が悟りの彼岸に導くことを、船が人を乗せて海を渡すのにたとえた語。誓いの船。

      平成29年5月  八大









 








ハンカチの花ふぶき

 幸せの黄色いハンカチという映画のラストシーンは監獄から出てきた高倉健さんが自分の家に黄色いハンカチがハタメイテいるのを見つめて、何とも言えない迫真の演技をしていたことを今でも心に残っていましたがそんな光景に出会いました。

 先日、東京西部の羽村市を流れる多摩川沿いを歩いた時に土手を降りて自動販売機を探していると何か空からヒラヒラト舞い降りてくるものが目に入った。何枚も何枚も私の目の前に不思議な事ってあるもんですね。道路を見るとそれはテッシュペーパーのようにも見えましたがよく見ると朴木の花より薄くふわふわと舞い降りるような感じでした。
 もしかするとこれがハンカチの木の花が散る様子かも知れない・・?話には聞いておりましたがこんなところでハンカチの花吹雪が見られるとは思いもよらないこと。
 通りかかった人にハンカチを手にしてもらいシャッターを押しました。犬も歩けば棒にあたる、幸せな気分を頂きました。           平成29年5月  八大







ネモヒラ 国営ひたち海浜公園


 今年もこの時期にネモヒラの丘が見られるということで、早めに行ったつもりでしたが9時には駐車場は超満車状態、手ごろな家族散策の場所として人気があるのですね。
 ネモフィラは、カナダからアメリカ、メキシコの西部にかけて分布しているそうでルリカラクサ(瑠璃唐草)とも呼ばれている。花径2㎝くらいで、よく見ると白に空色の深い覆輪で、花弁は5裂して中心部に黒い点が5つある。ここでは丘一面に咲いているが自然の中では茎が横に広がり、茂みの中の明るい日だまりに自生しているそうです。
 近くの土手や畑の畦道などに見られる雑草でオオイヌノフグリが良く見かけられますが形は7~8㎜ぐらいで色も形も似ているが花弁は4枚であります。これは帰化植物で日本在来種のイヌフグリ(3~5㎜の薄いピンクの草花)に似てそれより大きいために付けられたと云います。フグリとは陰嚢のことで、イヌノフグリの果実の形が雄犬の陰嚢に似ていることから植物学者の牧野富太郎博士がこの名前を付けたと云われています。実際のオオイヌノフグリの果実はハート型で、犬のフグリに似てはいないようです。
オオイヌノフグリ
先日イヌノフグリのことを調べたら日本在来種のイヌフグリは帰化植物のオオイヌノフグリに生育地を奪われて、この辺では見かけられなくなったそうです。
そう云えば子供の頃に在来種の日本タンポポが西洋タンポポという帰化植物によってその土地での生存競争に勝てなくてその数を減らしている事を調べたことがありました。
 私達純粋?の日本人もやがては他国人との混血によってその生息地を追いやられていってしまうのかも知れないことを思うとネテモヒラレない。
          平成29年5月  八大




ゴシキヒワ・コンサート

 二子玉川の駅近くのライブハウスでオカリナとハープのコンサートがあるので若者の街二子玉に足を運ぶ。

 ゴシキヒワとはオカリナと二台のアイリッシュハーブのユニットの名前ですが、カラフルな色彩と姿勢が良くさえずりが美しいので世界中で愛玩鳥として飼われている鳥の名です。
 休日と云うこともあり駅周辺の賑わいは春日部の夏祭り並であり、何処からこんなに人が集まってくるのか不思議と思ってはいけないのかも。街にもエネルギーがあるといった人がいたが、ここでは身をもって感じられた。
 私達の仲間から文化祭で聞くオカリナを想像していたが同じ楽器とは思えない音色は素晴らしい。演奏中3つのオカリナを吹き分ける音域の広がりは全くの別世界にいるようで、正に神業であると思えた。
 またハープもアイリッシュハープと云い普通見られる形の半分ぐらいの大きさでビロローンと響く音色は柔らかく心に届いていた。ダニーボーイやアメージンググレイスなどは聞きなれた曲名なので久し振りに感動を覚えた。
 アンコール後、演奏者がライブハウスの音響設備の良さを褒めていたが会場100人余りの人たちもキットそう思ったに違いない。
 最近は音楽に縁の薄い生活をしている私にとっては、やはり音による心への養分を送ってやることも大切なことであると身にしみて感じ、しばらく忘れていた遠い記憶を思い起こし「干天の慈雨」を味わった時間でありました。
         平成29年5月  八大



つぶやき


「朽ち果てないために」

 孔子曰く「吾、十有五にして学に志す。三十にして立つ
四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて矩を超えず。」
論語の有名な言葉であり人生の終盤まで充実した日々を送った自分の経過を記したそうですが凄いことですね。
現在の日本に当てはめると年齢は十歳以上延びている事が違いますが見習いたいものです。
 そのようなことを思うとき、ふと思いついたことがあります。それは人の一生は学びであると云いますが若い時と今とでは少し違うように思います。その違いは若い頃のように新しいことに挑戦することも大切であるが、社会の一線から退くまでに仕込んだつもりの知識をもう一度発酵させ結実させるとき、新たな喜びが生まれることを感じることがありますが如何ですか。
 これからも老いて朽ち果てないためには好奇心を失わず
学び続けることが大切で、その姿勢を無くした時に人は老
いるのではと思います。
            平成29年3月21日  八大



つぶやき

人は120歳まで生きられる。
「医者イラスト」の画像検索結果

 ナグモクリニックの院長南雲吉則先生の著書「大還暦」によると人間は120歳まで生きられるように出来ているとあります。

 そうすると私達は今、まだ折り返し点を過ぎた所ですが気を付けなければいけないこともあります。それは60歳は様々な病気になりやすくなる時期であると云います。病は感染症を除けば人生の積み重ねの末に現れるものでありまして、喫煙が肺がんと云う形で表れるには約30年かかると言われています。
 また肥満が動脈硬化につながり心筋梗塞や脳卒中を発症するまでには平均して20年から30年。不殺生を続けてきた人には最も気を付けなければならない。

 120まで生きられる根拠
 心臓は生涯で30億回拍動するように作られているそうで、1分間の心拍数を約50回として計算すると一年間では2500万回となり、30億回は約120年となります。
 脳については脳細胞は約140億個あるそうで毎日10万個が死滅していると言われているが、単純に計算すると120歳までに44億個壊れる計算となりますが、まだ3分の1が残っていれば実生活には困らないそうです。
 実際には長寿大国と云われる国でも100歳がやっとの現実ですが、それは不摂生が原因とのことです。高齢者が死亡する原因として4分の3を占めるのが食生活、喫煙、感染症であるとされています。しかし逆に言えば長生きの為に特効薬は必要ないことを意味している。だとすれば私たちは生活習慣を変えることが大切であります。
 それがなんと朝昼晩の3食を食べるという常識を捨てることだそうです、そしてお腹がぺこぺこになった時だけご飯を食べるのです。チョット我慢するぐらいが丁度良いらしいです。
 何故これが良いかと云うと、人類が地球上に出現して約17万年経ちますが、ずっと飢えとの戦いでした。しかし飢えを耐え忍ぶ「生命力」を発揮したからこそ今日の繁栄があります。
 その生命力とは何か、医学的に言うと成長ホルモンであります。これは飢餓状態の時に現れ生命機能の維持と体力の増進を促すと言われます。お腹がペコペコになったら食べるということは、わざと軽い飢餓状態を再現することで延命物質を体に作らせるためだそうです。

 その他私の耳学問
 睡眠の質すなわち22時~2時までの4時間が大切なことであり、般若湯は百薬の長とも云われ有難いことです。また高齢者でも無理をしない程度にセックスをすることも長寿に繋がると云われていますが、何といっても目的をもって生きることが重要であり、充実した日常こそ人生の目的であることに気ずくことが最も大切であると思います。
                          平成28年4月8日    八大



つぶやき 靴の下取り

 先ごろ仲間の集まりがあった後、昼飯を食べることになったが椅子席が空いてなかったこともあり靴を脱いで畳の上でゆっくりと足を延ばし例の井戸端会議となった。
 女性たちのリードでなんと2時間も過ぎて帰る段になり靴箱に残された履物は私の一脚のみ、その時は少し違和感があったがあまり気にもせず、そそくさと我が家へ帰る。
 デザインはよく似てはいるものの踵の中に当たるものがあり、よくよく見るとかなり履きこまれたもので、これはやられたな・・と落ち込む。食事をしたお店に問い合わせても交換される可能性は全くないと諦めることにした。
 後日近くの大型靴専門店へ新しい靴を探しに出かける。沢山の展示された靴の中から散歩用の軽くて履き心地の良いものを選んでレジへ持っていくと店員さんは「これは4㎝防水になっております」と、へ~最近は靴が防水になっているんですかと云うと、「そうですよ今は消費者の希望もありますので」と、そうかな私なら「防水よりも靴の中が蒸れないようにしてもらいたいね」との会話。
すると更に「今ですとキャンペーンで靴の下取りもやっています・・どうしますか、ここで履き替えて下取りにしますか?」と。「靴も下取りしてくれるんですか・・・?」
渡りに船とはこのことです、捨てていく履物を下取りしてくれるとは、けれどもこの先どうするの😑ですか気になります、時代は変わりましたね。
 断捨離なんてことが云われているこの頃です、是非とも捨てる前に下取りの活用をお勧めします。     
           平成27年4月27日 八大





G・SIX

 あの松坂屋は何処へ行ってしまったの?


 今世界中で注目されている新しい形の商業施設として20日GINZA SIXがオープンしました。朝早かったためか入り口は開館待ちの人の列、横から蛇の道をすり抜けて屋上テラスへ直行する。
 都会のオアシスとのうたい文句ですがフラットな水辺の向こうに小鳥を待つ植栽の林が木陰を作っている。周りを見て一瞬14Fの高さで約56Mのテラス周辺を一回りすると東京タワー・皇居の緑・スカイツリー・築地市場が目に入ってくる、まるでゴビ砂漠のオアシスの中にいるように思える。
でも、このテラスから見える景色が坪1億円を超える価値のある所にいる贅沢と云うものかもしれないね。

 早速に絵筆を持つ芸術家風な老人がパレットにチューブから出した黄色をひねり出して腕をまくっていた。
 6Fへ降りると大きな中央部分に蔦屋のスペースがなんとも贅沢な商品配列で本屋さんでこんな感じを味わったことはなかった。四方の窓側にはヨコ文字の食事処がこれまたセンス良く並んでいて準備中の立て札の横から何処も長蛇の列が続いている。まだ一時間以上もあるのになんと好奇心の強い人たちが多くいるもんですね。

 下りエスカレーターで降りていくとパッと目につく草間彌生さんデザインの水玉模様のかぼちゃをイメージした照明飾りが独特の雰囲気を作っており、これを空間芸術いやインスタレーションと云うそうです。さすが世界的なアーティスト先ごろには国からの勲章を授かりましたね。

 ここでは世界の高級ブランド品やファッション系の店舗を中心に250店も入っているそうで見るだけでも楽しくなる気分、そのコンセプトは ~最高に満たされた暮らし~ だそうです。他にも1Fに観光バスの乗り入れ、地下には駐車場はもちろん観世流能楽堂も入っているそうす。
 19世紀の中頃からヨーロッパで発祥した百貨店の形態がこの銀座シックスでその形を大きく変えようとしているようにも思えます、これが時代の変革の始まりなのでしょうか。
        平成29年4月26日 八大