百段階段 目黒雅叙園

   先日久しぶりに渋谷に降り立ったが相変わらずの
人のうねり、駅周辺の変わりようは言葉にならない。
どこか落ち着けるところはないものか・・? この巨大な地下空間から離れることが先決である。

 目黒へ出て雅叙園へ向かったがすぐ近くだと思っていたが曲がり道を間違えたからか坂を下ってようやく玄関に辿り着いた。三十年以上も前に訪れたイメージとは想像以上の変わりようで違和感すら感じ驚いた。

 眺める余裕もなく目指す百段階段へ進む。ありました目の前に長く伸びている九十九段は以前訪れたことのある奈良長谷寺の回廊の記憶が蘇ってきました。

 細川力蔵と云う人は石川県から身を起こし東京芝浦で料亭を開いていたが、新たに目黒の地に土地を買い求め純日本式料亭「雅叙園」を開業し料理で味を楽
しませる他、目でも食を楽しんで頂くとい
う考えで階段状の宴会場を考え出し昭和6年に開
業させました。


 建物は傾斜地を活用した六層の作りになっており、それぞれの宴会場は豪華絢爛な螺鈿細工が施されているほか天井や欄間には当代屈指の名のある画家たちが飾り上げた美の世界が描かれている。まさにその当時の竜宮城と呼ばれていた空間です。

 どこか日光の東照宮のゴテゴテした雰囲気はあまり馴染めない思いもありますが、昭和初期で贅をつくした作品と見れば、これもまた素晴らしいものでした。



 




平成31年  4月

             八 大









奥の細道・むすびの地
(水の都、大垣)


 岐阜県西濃地方に位置する大垣市は「水の都」とも呼ばれているように、地下水が豊富で、長良川をはじめとする15本もの一級河川が流れる街です。
 豊かな自然を体感できる緑地や公園をはじめ、「大垣まつり」や「水都まつり」などのさまざまな祭り、大垣城などの歴史的建築物など沢山の水路の間を通り抜けながらやさしい雰囲気の街であります。

「奥の細道むすびの地記念館」の周りには、俳人・松尾芭蕉が奥の細道紀行を終えられたこの地には有名な紀行集「奥の細道」についての案内があり奥の細道の内容に関する解説や、松尾芭蕉に人柄、人生などについて紹介しています。

「大垣城」。大垣城は、大垣市のシンボルとして人々の間で親しまれている城です。関ヶ原の戦いでは、豊臣方の武将・石田三成が本拠としました。その後、戦火で焼失しましたが、1959年に再建されたそうで全国的にも珍しい四層の天守を持っています。
天守とは云えその大きさは八畳の間ぐらいで何とも可愛らしい空間でした。
場内には戦国武将たちの資料や甲冑などが展示されていますが本来、石田三成の居城があった関係で地元贔屓の人たちが多くいたように感じた。




大垣市奥の細道むすびの地記念館の写真_88103











   平成31年4月             八大