浄源寺(枝垂れ桜)

岩槻の浄源寺は近くの皆さんご存知の花の寺として有名なお寺さんです。小生もここの枝垂れ桜を知ってから10年以上も鑑賞に来るファンの一人です。
今年も咲いてくれましたが、でもチョット今年の様子は違います。昨年迄は裾を引きずるような枝垂れの姿が見られません。何故でしょう?

お寺の坊守さんに聞きましたところ、昨年庭の手入れをしていて方丈さんとのやり取りで車の出入りの際に気になるので裾の方を少し詰めてくださいと頼んだそうですが。庭師さんがハイ分りました・・・と。その結果がこの通りでした。

昨年まで見られていた方は皆さんから多くの苦言を戴いたそうです。春風に揺られて裾を引きずるような様子は何とも言えない趣がありました。ここまで詰められたとは・・・お釈迦さんでも思っていなかったので
はと云っても後の祭りでした。覆水盆に返らず、あと
三年待ちましょう。

墓地の入り口周辺にはお寺さんの好みでしょうが、端正に手入れされた木々や草花たちが私は此処よ・・
ばかり季節の順番を待ちながら開いてゆくその姿を見
ると、お守りして下さるお寺さんの愛情が込められて
いることが伝わって来ますね。


浄源寺縁起には平家の士、曽我兄弟の話から始まりま
すと書かれておりますが開基は不詳ながら約650年を遡ると言われておりましす。現在の住職さんは25代目に当たる長い歴史を持っておられるとのことです。

令和2年  弥生      八 大








































 急須 (きゅうす)

 私の古くからの友人で趣味が高じて陶芸作家となった人が居られる。毎年銀座周辺のギャラリーを会場にして展示会をやっておられるが、その作品は急須一筋であり、まさに急須に魅せられた男であります。会社を定年で退職後全くの素人から始まり繊細で手の込んだその作品は円熟味を帯びた今ではプロフェッショナル。

先月久しぶりに歓談をしながら手作りの作品を眺めて話を聞かせて戴いたが屈託のない笑顔からは苦労の話は一言も聞かれなかった。
急須とは乾燥させた茶葉を入れ湯を注いで茶葉が開くのを待ち、香りを楽しみ茶碗に注ぐものですが、出来上がったその作品は絵柄・色彩・デザインから受けるその印象はただ素晴らしいの一言であります。

本体と一体化した取っ手が、注ぎ口から見て向かって右側に突き出ているものが多いが、取っ手が真後ろにある物や、取っ手がなくて「宝瓶」(ほうひん)と呼ばれる急須もあります。宝瓶は通常の急須と比べて開口部が大きく、ぬるめの湯を入れる宇治茶などに通常使われています。

急須と土瓶の違いは持ち手部分の造りが違いますが、急須は横向きに棒状の持ち手が生えるようになっています、土瓶は蓋のあたりから、上向きに弦状の持ち手がついているのが特徴です。土瓶の方が大容量で持ちやすい形状と云えます。また急須は湯温はが70~80度°Cで淹れる日本茶向けに造られている一方、土瓶は本来直火にかけてつかうものだったそうです。そのため熱湯の中で煎じる番茶や中国茶、漢方薬などに適しているのが特徴です。


また湯沸かしに用いられているやかんは、漢字で「薬缶」となりますが、元来は薬湯を煎じるための器具でありました。そのため容量が大きくなっています。急須も土瓶も英語ではティーポットと呼ばれている。

「急須」は何故きゅうすというのか?
急須の原型は古代中国に発明され、茶を飲む習慣がある文化圏では古くから使用されてきたそうです。中国の唐音から「きびしょ(急焼、急尾焼)」と呼ばれ、急焼の「焼」は湧かすの意味があり「急に湧かす」からこの名があったそうで中国語読みで「キッスヤウ」が「キッス」または「キウス」となったと言われているそうです。日本では江戸時代の後期に上方から江戸に伝わったものでその音にあて字をして「急須」となったと推測されるそうです。

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 オキザリス

 三軒先のお宅の庭先に黄色い雑草がさいている。その名はオキザリスと云い日本ではミヤマカタバミと呼ばれる在来種でありますが世界に広く分布しておりその種類は外来種が帰化したものを含めると800種類もあるそうです。その形はロゼット状のものや、低木状のもの、地中に球根(宿根)を持つもの、多肉植物に近いものなど様々な形状があるようです。

花は夜間や雨天には閉じていてお陽様の日差しを受けて細かな花ですが盃状やロート状に大きく開きます。満開の時は株を覆うように咲く様子は見ごたえがあり人目を引きつけます。葉はクローバーのような3小葉のものが多いが、4小葉のものや5裂にになるものもあります。栽培されている物では四季咲きタイプ、夏は休んで秋から冬にかけて開花するタイプ、冬期に休眠して春から夏にかけて咲くタイプに分けられるそうで初冬から花の少ないこの時期に咲くので皆さんに可愛がられています。

この頃は近くに腰を下ろし細く棒状になっているオキザリスに話しかけると午後の陽を浴びるころには何と花びらを目いっぱい開き満足そうな姿は可愛いもので、更に夕方には花びらを閉じてとんがったまま素知らぬ顔で朝までダンマリを決めている。よく観察をして花の開く回数を調べてみると何と8日間も「むすんでひらいて」をやっていたのでビックリです、たまにはゆっくり休んでもいいのにと声をかけることも。自然の営みとは言え有難うと言わずにはいられなかった。

とは云っても雑草なのでその繁殖力は目覚ましいものがあって、安心していると蔓延られて大変なことになることもあるそうで可愛いからと安心してはいけない、近くの植物を駆逐し隅に追いやり消滅させてしまうこともあるそうです。

そう云われているうちに、春の草花たちが例年通り賑やかに咲き始める頃になるといつの間にか存在が忘れられてしまい時には畑を耕す人たちに雑草として処分されてしまうことも覚悟しなければならない。実はガーデニングを楽しむ人たちの間では大敵であり除草薬を撒かれて駆除されているのが実情でもあります。所詮私は雑草でありますから。

カタバミ 
学名をカタバミ属と呼ばれ小柄な多年草で地下に鱗茎か宿根を持つ。また真鍮の鏡や仏具を磨くためにもちいられたことから別名「鏡草」とも呼ばれた。またスペインやフランスではカタバミを「ハレルヤ」と呼ぶことで「喜び」の花言葉を持つ。
また戦国武将で有名な長曾我部氏の家紋に使われているが繁殖力が強く、なかなか根絶させることが出来ないことから「子孫繁栄」に通じるとされるために戦国大名が家紋として用ていた。

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 ビヨンドミート

 このところ「ビヨンド・ミート(beyond・meat)」と云う言葉をあちこちで聞かれたことはありませんか? 「革命的な代用肉」

アメリカ・カルフォルニア州にある会社でビヨンドミート社が開発した、植物性のお肉のことです。近年、動物愛護や環境保護、自身の健康などの理由から、ベジタリアン(菜食主義者)やヴィーガン(完全菜食主義者)を実践する人が増加しています。イギリスでは、実践する人が170万人もいるというデータもあるようです。


今、世界的に「代替肉」が大流行の兆しを見せています。代替肉とは、その名の通り、豚肉や牛肉、鶏肉といった動物の肉を使わず、植物などの別の素材で代替したものです。この代替肉について、特に菜食主義者の拡大、環境面の配慮などから、急速にその市場が拡大しつつあります。その代替肉のトップランナーというべき存在がビヨンドミートです。肉を代替しようという動きはこれまでもありましたがその構成要素は植物由来のタンパク質であるエンドウ豆、ココナツオイル、玄米、ジャガイモ、ニンジン等の素材によって「肉」に置き換える仕組みです。

さらに、ビヨンドミートは味だけではなく、見た目にもこだわっており、販売される状態はなんと生肉のような見た目となっていまり、この状態から火を通すと、肉汁のような油を出しながら褐色に色づいていくというのです。この見た目から、世界で初めて精肉コーナーに並んだ代替肉にもなったといいます。最初の感想は、これ本当はお肉じゃないのと誰もが疑ったそうです。

「本当は肉が食べたいんじゃないの?」「食べたいのに我慢してしているなんてばかじゃないの?」などと揶揄したい気持ちも分かりますが、脱肉食の動機がそもそも肉や魚が食べたくなくなったからではなく、肉の美味しさを捨ててでも諸問題の悪化に加担したくないところにあるケースも多く、これが菜食主義者が植物肉を欲しがる理由の一つだからではないかとも思われます。

肉食や畜産に関しては、これまでも現在でも様々な観点から多くの問題が指摘されており、ハーバード大学の研究チームは赤肉や加工肉の摂取量が増えると死亡のリスクが高まるとの報告もあるそうです。また畜産業から排泄される温室効果ガス削減や、気候変動や地球資源など問題、動物愛護の観点からも植物肉への移行が進むとみられる。現在のわが国も急速にその方向に進んでいくものと見られます。

ところでビヨンドと云う言葉ですが「死後の世界」「超越」「〇〇の彼方に」と云う意味だそうです。いろいろな意味を持つ単語ですが、使い方によってかなりニュアンスの違う言葉ですね。手の届く範囲ではない別の世界、向こう側から来た、遥か彼方からやって来た等を意味するニュアンスで使われるそうですが、意を介すると異次元からの来訪者とも感じられますね。

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 雨水の頃 草木萌え動く

  日本には昔から、太陽や月のめぐりを季節や月日などを知る手掛かりにしてきました。地球が太陽のまわりを一周する時間の長さを一年とするのが太陽暦です。
一方旧暦では新月から次の新月になるまでを一か月とするのが太陰暦です。明治五年に改暦の詔が出されるまで長い間したしまれてきた昔ながらの日本の暮らしの暦です。

季節には太陽暦の一年を四等分した春夏秋冬の他に二十四等分した、二十四節気と、七十二等分した七十二候という、細やかな季節を感じ取り、農業を中心とした生活を営んできました。七十二候の中には「桜始開く(さくらはじめてひらく)」や「雪下出麦(ゆきわたりてむぎいずる)」「熊籠穴(くまあなにこもる)」など、自然現象をそのまま名前にしたものが多く、生命を身近に感じることが出来るものです。

二十四節気、七十二候のその先に私は自分の言葉として雑記を加えたい。あちこちに芽吹く草花、春に先立って芽吹く庭木、初物をつまむ香気、その時の気分で記す雑記を書き留めることこれも又楽しい。

次第に和らぐ陽光の下、草木が芽吹きだすころに冬の間に蓄えられていた生命の息吹が外に現れ始めるころが暦でいう雨水の頃ですね。
気が付けば菜花の黄がそろそろ目に付くころ、花開く前のつぼみはほろ苦くその瑞瑞しさは春の走りを感じさせます。

この時期仏壇には毎年恒例のまだか細い桃の花が申し訳なさそうに活けられており隣にお雛様の来るのを待っておられる感じです。
ひな祭りには欠かせない蛤のお吸い物もこの時期食材の名脇役である、菜花との組み合わせは何処からも異論をはさむ余地はないだろう。

雨水のこの時期降る雨を、木の芽お越しと云って植物が花を咲かせるための大切な雨で木の芽が膨らむのを助けるように降るからその名で呼ばれたという。植物にとっては一雨ごとに春が来ることを感じます。こんな時にも私が日本人に生まれて良かったなあと思える季節です。


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