極楽の余り風

 「極楽の余り風」って聞いたことある❔

夏の終りの今頃の暑い時期、山道を歩いて汗だくになった体に、ときおり清々しい涼風が木陰を抜けて吹いてきました。ああ~こんな素晴らしい風はないネ・・・」と感激(関西では、昔から「極楽の余り風」と言われているとのことです)

 群馬県太田市の金山城址を仲間と連れ立ってハイキングを楽しんでいた時、途中休憩は市街地が眺められる石垣の上で小汗をぬぐっていました。ここで風を感じましたが何とも言えない涼風でした。これを「極楽の余り風」或いは「極楽のお裾分け」と云うそうです。

「涼しくて心地いい風だね」                           「ホントだね、生き返るようだ」                         「こんな風をなんていうか知ってる?」                      「この風に名前があるの?」                           「あるんだよ!」                                「死んだお婆ちゃんが教えてくれたんだけど、極楽の余り風って云うんだって」    「へ~そんな風に云うんだ!!!?                         

とこんな会話があったように思う。そうすると私の習癖で、『酷暑に吹く清々しい涼風がなぜ余り風なのだろうか?』 と、素朴な疑問が湧いてきた。調べて見ると浄土真宗の祖「親鸞」にたどり着いた。親鸞は、猛火・暴風も、徳風・微風に転じられてゆく、すなわち浄土往生を願えば願う中に極楽からのそよ風が吹くと説く。 




空の日

(くにまるくん)
9月の暦を見ると今週はシルバーウイークと呼ばれているようですが、9月19日は「敬老の日」で翌日の9月20日は「空の日」であります。「空の日」の起源は昭和15年に制定された「航空日」が始まりです。この年の「航空の日」は9月28日に行われましたが、昭和16年の航空関係省庁間協議において9月20日と決定されました。また9月20日から30日迄の期間を「空の旬間」とされ現在に至っています。

第2次大戦終戦に伴う一時休止もありましたが、昭和28年に再開され民間航空再開40周年にあたった平成4年に、国民の親しみやすいネーミングということで、それまでの「航空の日」から「空の日」へ改称されました。この期間には、全国各地の空港等で航空に関する様々な催し物が実施されるようになりました。

平成4年に「空の日」「空の旬間」を設けた際に、「9(く)2(に)0(まる)」=「くにまるくん」が誕生しました。地球が飛んでいるその躍動的な姿は、地球的規模での航空による人、物及び文化の交流を表しています。また「空の日」のキャッチフレーズは「もっと感動、空はフロンティア」航空の楽しさと限りない可能性を表します

ハッピーマンデー制度」により本来9月15日だった敬老の日が9月第3月曜日なりました国民の祝日法に関する法律(祝日法)は1985年12月27日に「その前日及び翌日が『国民の祝日』である日(日曜日にあたる日及び前項に規定する休日にあたる日を除く。)は、休日とする。」と改正されています。今後は「空の日」と並んで「川の日」も祝日に格上げになる可能性もありそうですね。(そんなに休日を増やしてイイんでしょうか?)

 令和4年 長月        八 大




藤袴(フジバカマ)

 左側に川久保の藤袴
昨日は我が家から古利根川の右岸に足を運ぶ。風のテラスを過ぎ人道橋下をくぐり抜けて川久保公園に出ると休憩が出来るベンチがあります。土手の水溜まり下の木札看板を見ると「フジバカマ」との表示がありよく見ると雑草にしか見えない藤袴らしい植物が所在なく生えている。改めて見直すとこれがフジバカマなんだと認識する。

先日の京都新聞にフジバカマと云う植物が絶滅危惧種に指定されており保護の運動が展開されていることが載っていました。何の変哲もない雑草にしか見えない植物でありますが秋の七草の一つに数えられ万葉集にも詠まれていることで保護活動がなされているようです。                   

藤袴の花の色は藤色を帯び花弁の形が袴のようであることから「藤袴」の名が生まれたと云われているそうです。環境省のレッドデータブックでは準絶滅危惧種に数えられています。フジバカマにはいくつか種類があるようですが、はっきりした区別はなされていません。

開花した藤袴
万葉の昔から日本人に親しまれており日本へは、古く中国から渡来し帰化したと考えられていますが、日本在来のものもあると云われております。日当たりのよいやや湿った河原の堤防や草地に自生しているのが大半です花の時期には匂いを嗅ぐと桜餅の葉のような香りがするようで観賞用に庭や鉢などにも植えられています最近では川岸の護岸工事によって自生種が激減しているそうで、近年の地球環境の変化によって数を減らし環境省レッドリストでは準絶滅危惧種に指定されています

花の色が藤色を帯び花弁の形が袴に似ていることから「藤袴」の名が付いたと云われています。「萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花 姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花」と古くから秋の七草の一つにも数えられております。また源氏物語には「藤袴の巻」があるなど日本人には古くから親しまれてきた草花です。藤袴の花言葉は「あの日を思い出す」「ためらい」「躊躇」などがあります。

  令和4年 長月         八 大











無花果(イチジク)の話

無花果
無花果は落葉低木果樹で、日本には江戸時に入ってきたそうで初めは薬用だったそうです。旬は八月の終りから十月にかけて花を咲かせずに実を付けるように見えるが実際にはイチジクの花は果実の中に咲くという面白い構造をしています。イチジクの果実を切断すればわかりますが、その内側には空洞があって、そこにとても小さな花がいくつも咲いています。 花が無いのではなく外から見えてないだけなんです。ただ普通の花とは違って花びらがありません。イチジクの実を食べるとぶつぶつしている部分を感じられますが、あれがイチジクの花なんですね。                    

イチジクは受粉によって子孫を増やさないで、花が受粉を経ずに実、ひいては種になるという単為結実(たんいけつじつ)なのです。そのため、別に花が外に出ている必要はないのです。何故そのような形になったのか不思議ですね? その答えはイチジクの進化にあるそうです。イチジクはぶどうと共に紀元前から栽培されていた果物でエジプトやトルコが原産地だそうですが、そのころに「イチジクコバチ」と云う名前の小さな蜂がイチジクの底部にある小さな穴から入り内側に産卵をしていました。そうすると、孵った幼虫は養分と外敵から身を守れる空間を確保できます。そうして安全に成長できたわけです。                  

イチジクの断面

成虫になると、イチジクコバチは花粉をまとって出てきます。そして別のイチジクに自身も産卵します。すると一般的な花のつき方をしなくても内側に咲かせたまま受粉できるので、こうした経緯で現在の花のつき方になっているそうです。昔はハチに花粉を媒介させていましたが現在は先述のように単為結実のため、「食べたらハチがいる」なんてことはありませんのでご安心ください。

旧約聖書の登場人物、アダムとイヴにまつわる話があります。 ある日、蛇にそそのかされ、神の言いつけを破ってイチジクを食べてしまいます。禁断の果実を食べたあと、無垢を失い知恵をつけたアダムとイブは、裸を恥じて局部を隠しますが、それにイチジクの葉を使ったというのです。その姿を見て神はエデンから追放したというので、イチジクの葉が楽園追放の引き金ともいえそうですね。 そのイチジクの葉っぱが恥隠しの意味があったと云われています。

イチジクの葉について一言 「恥ずかしいことや嫌なことを、無害なもので隠す」という意味で広く使われています。また、絵画や彫像で、外性器の部分を後から覆い隠すためにイチジクの葉が使われることがあります。これらは聖書の創生期においてアダムとイヴが知恵の樹から禁断の果実を食べた後に、イチジクの葉(fig-leaf)恥ずかしいと思われる物を使って裸体を隠したといわれます。

「無花果(いちじく)」と云う文字は花を咲かせずに実をつけるように見える ことに由来するそうです。古くから馴染みの深い植物で栄養豊富で美容効果もあることから身近に食用にされて来ました。

 令和4年 長月         八 大