生死一如 (キッチンとトイレ)

 昔からよく「生と死」は台所と便所のようなものと例えられていたのを聞いたことがありました。 台所は一家が集まって楽しい食事をし団欒をする楽しいところで陽の場すが、便所は一人で寂しく居る陰の場所です。一軒の家に台所と便所があることでいつも安心して生活が出来ることは当たり前のことと思っており、多くの人達はどうすれば明るく楽しく生きていけるかと云うことだけを考えています。


 一方では死ぬのは苦しくて暗くて恐ろしい事だから見ないように考えないようにしている人たちが多いように思います。ましてや便所の有難さなんては考えたこともなかったですよね。しかし私たちも生まれたからには必ず死ななければならないことは宿命です。どんなに死にたくないと云ってもそれを避けることは出来ません。

 人は一日一日間違いなく死に向かっています、100%確実に死ななければならないのに死んだらどうなるか分からず真っ暗な闇の状態では明るい生き方は出来ないでしょう。どれだけ死を忘れていたとしても、死を自覚するようになると「自分の一生は何だったんだろう」と思うようになりスピリチアルペインに襲われます。それは人生最大の問題を解決していなかったからであります。

「生死一如(しょうじいちにょ)」という言葉があります。死を見つめることが生を見つめることでいつ死んでも我が人生に悔いなしと云うような身になって初めて大安心大満足の明るい人生がを送ることが出来るというのが生死一如というそうです。明るく楽しく今を生きるには、必ずやってくる死の問題を解決してこそ今が輝くと云われます。仏教では死を見ないようにしてゴマカス必要はないと云っております。

 令和二年    睦月       八 大



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