「オシラ様」蚕の神様

オシラ様
オシラ様

初夏の今頃を皐月と云いますが「木の葉採りの月」という別名があり蚕のエサである桑の葉を摘む頃と云う意味です。養蚕は戦前まで日本では盛んでたくさんの桑畑が広がっており蚕は美しい糸をはいて繭を作りその繭から絹の糸が取れます。東北地方では蚕と家の守り神である「オシラ様」が広く信仰されております。


桑の葉
主に村の旧家などに祀られていて、生活に深く浸透している              であります。オシラ様は人形神で、ご神体は30センチほどの長さの桑の木で作られた二体一組の偶像です。その姿は馬頭、姫、男女、など、そのお顔は彫刻や墨書きなど様 々である。ご神体である桑の棒は、元々はオシラ様を宿らせ る道具から変化したもので、桐の箱などで大切に保管されて いたそうです。


「遠野物語」で有名な遠野市は岩手県花巻市の東側にありま
曲がり家
すが、昔から柳田国男がこの地方に伝わる逸話や伝承などを
蒐集したもので日本民俗学の先駆けとも云われており良く知
られております。この地方独特の「曲がり家造り」の旧家に
上がらせて頂いてオシラ様の話を聞いたことがありました。
ご神体を前にして老婆の語り口は何とも恐れ多い感じがして
ジッとその口元を見つめているだけでした。


絹織物の歴史 シルク素材は最も古い繊維と云われおりますが、何と紀元前の20世紀に中国で始めたと云われています。中国の皇女が当時「繭」で遊んでいた際に繭をお湯の中に落としてしまいました。しかしそれを拾い上げる時に糸を手繰ったことで絹糸つくりの最初だった事が伝わっています。また中国の甲骨文字に「桑」「蚕」「糸」「棉」などの文字が見つかっております。シルクを養蚕する技術は中国で発達しましたが国外に持ち出すことは禁じられていました。その為ヨーロッパの人達はどうにかして手に入れようとして中国との交易したそうです。その交易の道が「シルクロード」という言葉に繋がります。

シルクロード


現在では多くの布製品が化学繊維に変わっており国内で生産を続けているメーカーは生産コストが合わずに国内の養蚕家が少なくなっております。絹製品のほとんどは中国やブラジルなどにに変わっており日本のシェアは僅かに10%になっているそうです。時代の変化とは言え将来が心配ですね。


 令和4年 皐月         八 大








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