八幡平の冬ごもり

 東北の名峰岩手山の麓に抱かれた八幡平(はちまんたい)の地は、小生が還暦を過ぎたころから仲間と連れ立ってこの時期恒例になっている冬ごもりの地でもあります。今年の冬は異常気象の暖冬と云われますがその中でも最たるもので雪の量が少なく道路の地肌が見えるという嘗てない異常であります。

この周辺には八幡平リゾートスキー場をはじめ安比・雫石・網張などの大型のスキー場があり毎年冬ごもりと称して温泉とスキーを楽しんでいました。この時期の一週間ほどは下界との交流を離れⅠ年間を振り返るというリセットの時でもあります。

今は町村合併で八幡平市となっておりますが、この地、松尾村は明治の初めに硫黄鉱山として発展したのが始まりで嘗ては雲上の楽園として東洋一の硫黄鉱山として短い期間ではありましたがその名を馳せたことがありました。

硫黄はその昔、火薬や肥料、マッチなどの製品として使われておりその生産高は国内の三分の一を誇り「東洋一の硫黄鉱山」と呼ばれていました。鉱山の発展と共に陸奥の荒野と呼ばれたこの地は明治の終わりから昭和の中ごろにかけては従業員15,000人余りが暮らす一大鉱山都市になって、こんな山の中ににも関わらず学校や病院、映画館を備えており鉄筋コンクリートのアパートも立てられ急激に発展したそうです。

しかし鉱山から流出する強制酸性水が公害問題となり対策として早急に中和処理施設を造って対応したが硫黄製品の需要低下により昭和の47年には閉山に追い込まれて急激な過疎化が進みました。その後今度は冬季オリンピックの開催等で急激なスキーブームの到来があり追い風を受けてはいたが長く続かず過疎化に拍車がかかっているようです。
その地に建てられた不似合いなアパートの建物は現状を残したまま廃墟となってその姿を残しています。

こんな話を聞きかじって纏めてみると何処かの国の話かと思いたいが、現実に晒されているこの地の人達を近くに見ていると何かに翻弄されているようで何とも言えない気持ちになってしまいます。一区切りついた今年で冬ごもりも卒業しようと考えている我が身です。

令和2年   如月        八 大











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