お水取り

 古都奈良に春の訪れを告げる東大寺二月堂のお水取りが間近かに迫りました。東大寺お水取り修二会は天平勝宝4年(752)東大寺開山良弁僧正の高弟、実忠和尚が創始された。以来,一度も切れることなく今年で1269回目を数えるそうです。修二会の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)法要と云いますが、十一面悔過とは、私たちが日常に犯している様々な過ちを二月堂の本尊である十一面観世音菩薩の宝前で、懺悔することを意味します。 

修二会が創始された古代では、国家や万民のためになされる宗教行事を意味した。天災や疫病や反乱は国家の病気と考えられ、そうした病気を取り除いて、鎮護国家、天下泰安、風雨順時、五穀豊穣、万民豊楽など、人々の幸福を願う行事とされた。
この法会は現在では3月1日より2週間にわたって行われているが、もともとは旧暦の2月1日から行われていたので、二月に修する法会と云う意味を込めて「修二会」と呼ばれるようになった。また二月堂の名もこのことに由来している。

お水取りでは本行を行う練行衆の道明かりとして、大松明を持った童子(どうじ)が練行衆に付きます。その為お水取りはお松明(たいまつ)とも言われています。お松明は本行が行われる3月1日から14日まで行われ、12日・14日以外は19:00に大鐘が撞かれ、それを合図に行われます。ちなみにお水取りのお松明は通常10本だが、12日は11本になります。12日は通常の松明(長さ約6~8メートル・重さ約40キロ)よりも大きな籠松明(長さ約8メートル・重さ約70キロ)が用いられるそうです。

また12日の夜、お水取りの井戸は閼伽井屋と云う建物の中にあり二月堂との間を三往復してお香水が内陣に納められるもので、そのことからお水取りと呼ばれています。大松明から飛び散る火の粉によって映し出された光景は寒い中でしたが30年以上もたった今でも鮮明に思い起こすことが出来ます。

 令和二年  如月         八 大












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