柘榴と鬼子母神

 
 柘榴
 今年も朱色の花が二階の屋根越しに咲きはじめました。
 三十年以上前にシルクロード敦煌を訪れた時に、街はずれで見事に真っ赤な花が咲いるのを見つけた。それは莫高窟に向かう旅の途中で見かけた茶色の山肌を背景に赤色は威厳ある朱色でそれはよく見ると柘榴の花でした。
 柘榴は、ミソハギ科・ザクロ属に分類される落葉性の小高木です。世界中の亜熱帯地域に生息しており、原産地についてはイラン(ペルシャ)あたりでシルクロードを超えて日本へは平安時代に、中国から朝鮮半島を経由して渡来したようです。
 樹高は2~7mほどに生長し、先端にトゲのある細かい枝をたくさん茂らせ、初夏になると、春に伸びた枝の先に、花を咲かせます。通常は6枚のオレンジ色の花びらを一重に付けますが、品種によっては八重咲きのものもあり花の色も白や黄色とバリエーションもあります。
 その後秋になると、結実して果実が付きます。熟すと、実の赤く硬い皮が裂け、中から透明な果肉の粒がたくさん現れます。この粒の中には、1つずつ種が入っているんですよね、これが柘榴の果実です。

 鬼子母神伝説 
鬼子母神伝説は、お釈迦様の「法華経」の中に出てきます。鬼子母神は500人もの子供を持つ美しい神様でしたが、自分の子供達を育てるため、なんと人間の子供をさらっては食べていたのです。これを知ったお釈迦様は、鬼子母神の末っ子を神通力によって隠してしまいます。鬼子母神は嘆き悲しみ、必死に我が子を探しますがみつからず、困り果ててお釈迦様に助けを求めました。お釈迦様は「お前は500人も子供がいるのに、たった1人がいなくなっただけでこんなにも嘆き悲しんでいる。たった数人しかいない子供をお前に奪われた人間の親の気持ちが、これでお前にもわかっただろう。」と言って鬼子母神に子供を返しました。そして、「今後、どうしても人の子が食べたくなったら代わりにこれを食べよ」と与えられたのがザクロだったそうです。鬼子母神は改心し、以後は仏教の教えを守る、安産と育児の神様となりました。そんなわけで、鬼子母神は左手に子供、右手にザクロを持っているとのことです。このことからザクロは古くから子孫繁栄を表す縁起の問い果実として吉祥果とも云われています。
鬼子母神を訶梨帝母(かりていも)とも呼ばれていました。

                  令和 元年  6月         八 大








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