寅年の話

 朝護孫子寺「ちょうごそんしじ」

今年の絵馬
新年早々であるが今年の干支「寅・虎」を探しに出かけた先は、春日部市にある藤塚香取神社である。八丁目町内のペンキ屋さんが創作した「今年の絵馬」を揚げたことを聞き初参りを兼ねて来てみると見上げる程の大きさ、近寄って見上げるとなんと迫力のある勇猛な虎であること、拍手喝采です。

虎と寅の違い 十二支の3番目は「寅」であります。「とら」「虎」とも書きますが、これは動物の「タイガー=」を指しています。十二支の上ではあくまでも「寅」です。このため年賀状や挨拶文のデザインに虎のイラストは入れますが多くの場合「虎」は使いません。

奈良県(大和国)と大阪府(河内国)の境に生駒山地の南端に位置する「朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)」があります。信貴山真言宗の総本山のお寺で山上のお寺からは時折、読経の声が流れて来ます。古代インドのヒンズー教の神である「毘沙門天」をお祀りしており地元では毘沙門さんと呼ばれています。毘沙門天は七福神の中の一人に入っていますが7人の神様は「清廉、有福、威光、敬愛、人望、寿命、大量」の七つの福を、地域の人々にもたらすために集まった神様達です。

朝護孫子寺と虎
当寺の創建についての伝承では、敏達天皇11年(582年)寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に四天王の一つである毘沙門天聖徳太子が感得し、後にその加護によって物部守屋に勝利したという。用明天皇2年(587年)7月3日に聖徳太子は自ら刻んだ毘沙門天を本尊として当寺を創建し、「ずべきぶべき信貴山)」と名付けたとする。これに因んで「虎」が神使(しんし)としての扱いを受けたと云われる。また寺の至る所に張り子の虎が置かれているのは、その逸話に由来している。

毘沙門天とは古代インドのヒンズー教の神様で仏教に帰依してから、仏法を守護する四天王の一尊で東西南北の方角に分かれて護衛に当たって「北の守護」を担当しており福徳や財宝を司る戦勝祈願の神でもあります。四天王の一員として呼ばれるときには多聞天と呼ばれますが、何故かと云うとお釈迦様の教えを一番多く聞いたという逸話からきているようです。また戦勝の武神として名を挙げていた上杉謙信が「毘」を旗印にするほど毘沙門天を信仰したのは有名な話である。

日本三毘沙門の寺として、京都の鞍馬寺・奈良の朝護孫子寺・栃木の大岩山多聞院最勝寺が良く知られております。その姿は甲冑を身に着け足元には邪気を踏みつけ、荒々しい岩場に立った武将の姿で宝塔というお釈迦様のお骨を入れる容器を掲げています。

4年 睦月          八 大













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